
沖縄の城(ぐすく)、勝連城(かつれんじょう)
うるま市勝連半島の南の付け根にある丘陵に位置する
勝連城址に行ってきました
うるま市勝連南風原に建築中のM邸から車で5分程にありますが、地鎮祭の時(7月の始め)
から 「行くぞ!」 と思って5ヶ月が過ぎ、完成間近でようやく訪れる事が出来ました
勝連城は13~14世紀に茂知附按司(もちづきあじ)により築城されたそうです
勝連城の最後の城主・阿麻和利(あまわり)は、東アジアを中心とする海外交易を
盛んに行なって勢力を拡大した有力な按司(あじ)で、琉球統一後も琉球王府から
唯一王権を脅かす存在として目されていました
首里王府は、阿麻和利を抑えるために中城城に護佐丸(ごさまる)を配置したり
琉球王・尚泰久(しょうたいきゅう)の娘で絶世の美女と言われた百度踏楊(ももとふみあがり)
を嫁がせるなどの策を行いました。しかし、阿麻和利の王権奪取の野望は果てることなく
最大のライバル中城城主の護佐丸を倒した後、首里城を攻めました(1458年)が大敗
王府軍に滅ぼされたとされています
勝連城址は1972年5月15日、国の史跡に指定され、2000年11月には
首里城跡などとともに、琉球王国のグスク及び関連遺産郡としてユネスコの
世界遺産(文化遺産)にも登録されました
この日も多くの観光客が訪れていました
上の写真は一の曲輪(いちのくるわ)と言われる場所で、この城の一番高い場所に
あります。1965年から数回にわたり発掘調査が行なわれ、いろいろなことがわかり
ました
岩盤をけずって大掛かりな土木工事を行い、瓦ぶきの建物があったことがわかって
います。多くのグスクの中で瓦ぶきの建物があったのは、現在のところ勝連城のほか
には首里城、浦添城だけです
出入り口の門の付近から唐草様の浮き堀りのついたアーチ石の一部が発見されており
装飾を施した豪壮なアーチ門であった可能性があります
ここはらの景色はとても素晴らしく360度のパノラマ。ここからは東海岸一帯と宮城島
伊計島、浜比嘉島なども眺望出来ます
勝連城址の駐車場にはジオラマもあり城全体の様子が解ります
たまにこうゆう場所を訪れるといい気分転換になりますね!





















